世の中

教育などについて考えたことを書きます

子どもたちに解決させること

先週の出来事。
あるクラスで給食を食べることになって、子どもたちが配膳している姿を眺めていると、ふたりの男子が目の前で何やらもめ始めた。
訊くと、どうもストローをどちらが配るのかでもめているらしい。
(そんなのふたりで半分こして配れば良いじゃないか……)となかば呆れつつ、しかしそこで口を出してしまったら何の力も育めないので、とりあえず「どちらともが納得できるように話し合って決めなさい」と声をかけて待つことに。
どういう解決の仕方を見つけるのかな〜と眺めていると、どうやらジャンケンで決める方向に進み始めている。
(ジャンケンか……安易だな〜)と思ったが、ふたりの選択を尊重したいと思って、もう少し見守ることに。
すると「三回勝負な」とジャンケンが始まるが、今度はルールでもめ始める。
どうやら「三回勝負」を「先に三回勝った方が勝ち」か「三回やって多く勝った方が勝ち」かどちらで解釈するのかでもめているようだった。
これはもう、ふたりで話し合ってもらうしかないな、と思ってもう少し見守る。
結局、勝った方がストローを配って、負けた方が牛乳を配るという結論に達したみたいで、そんなにもめてその結論?という感じだったが、彼らにとってはその過程こそが大切だったんだろう。
過程を大切にしたいからこそ、結果だけを見つめるということ。
そして、教師の仕事は解決手段を与えることではなく、待ち続けることであるということ。
そういうことを再確認できた出来事だった。