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Childiscについて3 スッパマイクロパンチョップ『カエルに会えてよかった』

いきなり「さーよーならーおーんがくー」という強烈な歌詞から始まるスッパマイクロパンチョップの2nd『カエルに会えてよかった』は、ピュアなインスト電子音楽を基軸にした1st『目の前にあったよ』とは打って変わったヴォーカルものになっていて、前作のハートウォーミングな(?)電子音楽を想定して聴くと、その落差に戸惑ってしまうこともあるかもしれない。実際、『目の前にあったよ』は好きだけど、『カエルに会えてよかった』は苦手、という人はけっこういるように聞く。だけどこの作品を抜きにしてスッパマイクロパンチョップを語ることは不可能だと思うし、またChildiscを語ることも不可能なんじゃないか、というのが自分の考えであったりする。

事実『カエルに会えてよかった』は非常にアクの強い作品で、スッパマイクロパンチョップの魅力に目覚めつつあった当時の自分も、この作品についてはすぐには理解できなかったんじゃないかな。スッパマイクロパンチョップはこのアルバムでスキャットやファルセット、アカペラ、あるいはソウルフルな歌い回しなどかなり多彩なヴォーカルスタイルを披露しているのだけど、そのあまりに多彩なスタイルが逆にアルバム全体に取っつきにくさを与えてしまっているところが確かにある。特に、一般的に上手いとされる職業歌手の歌声に慣れきってしまった人の耳には、こういったヴォーカルスタイルというのはなかなか馴染めないところがあるんじゃないだろうか。だけど、クセのある食べ物の先にこそ本物の美食があるように、クセのある歌声の先には病みつきになる何かがあるわけで、それはわざわざ自分がここで説明しなくとも、音楽史を振り返れば既に十分証明されていることでもあるだろう。事実、自分はこの作品を聴くことを通して、トレーニングされていない声の中にある繊細な美しさを見つけることができるようになったんじゃないかと思う。音楽が商品として成立する以前に持ち合わせている美というのは、Childiscの根幹に関わるひとつの大きなテーマだけど、特にスッパマイクロパンチョップの『カエルに会えてよかった』はそのテーマと非常に大きく関係した作品であると感じる。

『カエルに会えてよかった』は、その全編から生活の匂いがわきたってくるような作品だ。もちろんどんな音楽であれ日々の生活のなかで生み出されるものなのだろうけど、特に『カエルに会えてよかった』は、生活に即したかたちで生み出されたアルバムであるという印象がある。それは歌詞の部分でもそう感じさせるのだろうし、またサウンドという面でも、何か家のなかの多彩な生活音をそのまま音楽として成立させたような佇まいがあるのだ。聴いていると、当時のスッパ家の生活音がそのまま耳に聞こえるような気がしてくるぐらいだ。多彩なヴォーカルスタイルについても、気の置けない家族や友人たちとの遊びの延長で編み出されたかのような印象があって、そういう点でも日常の生活を感じさせるのだろうと思う。特に赤ん坊時代の娘さんとの掛け合いが楽しいTrack7「おいしいお茶と紅茶と包丁」なんかは、正に日常のひとつの場面がそのまま音楽として成立してしまっているような感触で、このアルバムの魅力がギュッと凝縮されているように感じる(小学校時代の娘さんがこの曲をクラスのみんなに聞かせたところ、教室が爆笑の渦になってしまったエピソードはかなり好きだ)。

 

このアルバムにはたくさんの気づきが込められている。その気づきというのはつまり、音の中に発見する良さや可能性への気づきだとか、あるいは生活のなかで、ここはこうした方がいいんじゃないかなあとか思ったりする気づきだ。スッパマイクロパンチョップだけでなく、Childisc自体、そういう個人的な気づきや工夫をとても大切にしたレーベルだったのではないかと思う。流行り廃りのある特定の音楽的手法に則った音楽ではなく、あくまで個人的な気づきや工夫に立脚したような音楽を届けるという役割を、Childiscは担っていた。そこには真にスピリチュアルな生活とはどういうものなのか、というような探求が存在していたし、またいま改めてChildiscを聴くことの重要性はそこに見出すことができると自分は考えている。

 

特にこのアルバムには、サウンド面においてもヴォーカルの面においても、そして歌詞の面においても、ひとりの「個性的な生活者」としての工夫や気付きがたくさん込められている。生活のなか得られた気づきをもとに、より工夫を重ね生活そのものをより豊かなものにしていこうというような姿勢が、このアルバムには一貫して感じられる。そして、ここでいう<豊かさ>は、以前に音遊びの会の記事で取り上げた、大友良英氏のいう<豊かさ>と通底している。もちろんその豊かさは、けっして耳障りのよい、口当たりのいいものばかりとは限らないのだけど、そういうのも含めて、自分はとにかく奇跡みたいなこのアルバムの響きを、これからもずっとたくさんの人たちに聴いてもらいたいと思う。

目の前にあったよ

目の前にあったよ

 

 

カエルに会えてよかった

カエルに会えてよかった